アルバム『無から出た錆』

熊木杏里の『無から出た錆』について語りたい


どうも、 みなさんこんにちは。
今回は熊木杏里さんの2005年2月23日に発売した2ndアルバム『無から出た錆』について語っていきたいと思います。

熊木杏里さんはあまりメジャーな歌手ではないので分からない方も多いとは思います。長野県生まれのシンガーソングライターで楽曲のほとんどは自身で作詞作曲をされています。
テレビCMやドラマや映画とのタイアップ曲も多く、あぁこの曲知ってる!ってのは意外とあるかも知れません。現在も現役で活動中のアーティストで、2019年10月30日に『人と時』というアルバムを発売するそうです。


熊木杏里との出会い

熊木杏里というアーティストを知ったきっかけは、たしか大学生の頃にニコニコ動画で、まさにこの『無から出た錆』というものがアップロードされており、なんとなしに聞いてみたらズコーン!と衝撃を受けたのを覚えています。
毎回ストリーミングで聴いたり劣化音質でダウンロードしてもしょうがないので速攻でアルバムを買いに行ったと思うのですが、どこで買ったかはもはや覚えてません…ただ僕の実家には確実に置いてあると思います。
そこから3rdアルバム 『風の中の行進』、5thアルバム 『ひとヒナタ』を勢いで買った記憶があります。iTunesに入っているのでモノは実家に置いてあるでしょう。
あと、大学生の頃にTS○T○YAでアルバイトしてた時があるんですが、ちょうど新譜でミニアルバム 『and…Life』が出ていたので買っちゃいましたね
全体的に落ち着いた曲調の歌が多いのですが、僕のテンションには凄く合います。パリピ系が好きな人には99%向かないと思います。
しばらく社会人をやってるうちに、たくさんシングルやアルバムを出しているようで、また熊木さんの曲聴いてみようかなと思ってます。

アルバム

アルバムタイトルの意味はかつてのインタビューで何も無い日常から何かを感じた時に出てくるのが錆と仰っております。自分は形の無いものだと思っており、何も無いのが自然、何かがあるのがおかしい、形があること自体がおかしいという考えがあり、それだけど色々悩んだり郷愁を感じたりするのは無から出た錆だということです。
僕の中にはない考えで、なかなか難しいことおっしゃいます。
以下、アルバムからいくつかピックアップした曲と思うことを書いていきます。

アルバム『無から出た錆』

長い話

17歳から22歳までのことを自伝のように書き連ねた曲となっていて、僕が初めて聴いたとき、アーティストってこうも自分のことべらべら喋っていくものなのかという驚きがあった気がします。高校1年の冬くらいからミスチルにめちゃくちゃハマって、好きなアーティストのプライベートな部分とかその人の考え方だったりアイデンティティに繋がってたりするので意外と知りたいと思うもので、でも調べても推測とか憶測とか噂とか、そういうレベルのものがほとんどで公式に本人が発言したというものはほんの僅かなんですが、曲にしてこんな明かしてしまうのか!!という衝撃でした。そして聴いたときすごく親近感が湧きました。
詞の内容はわりと悲観的なことが多く、熊木さんのアイデンティティとなるものが垣間見える曲だと思います。
僕もわりと悲観的な人間ですけど、自分で意識する前から他人に期待をしなくなっていたので、人が悲しいと思えたり、人と上手く付き合えないことに泣いたりしたことはないですね、もはや当たり前な感じなので。何より分かってもらうことのエネルギーの無駄さを感じてしまいます。口に出して言葉にしたとて人はそれぞれ自分の考えってのがあるわけで最終的に人間はどこまでいっても個人で孤独に生きてるものだと精神レベルの話ですがそう思ってましたし今でも思います。それを熊木さんは真摯に向き合って悲しく思えて泣けるというのは人として他人をとても大切にできる優しい方なのでしょうね。

夏蝉

自分が過ごした故郷を懐かしく慈しむ曲です。
未来のことなど何も考えずに無邪気に遊んでいた小学生・中学生時代を思い出します。この曲に感化された大学1年生の僕はデジカメで地元の景色の写真を撮りニコニコ動画にあげました。笑
物理的に景色が懐かしいのではなくて、万人の言う「懐かしい」ってのは過ごした人や環境を思い出として蘇らせて出てくる精神的なものがほとんどだと思います。僕も地元の景色を撮ってるとき、ただひたすら懐かしかったです。
あそこの空き地でよく遊んでたな、あの公園は1年で200回は訪れていただろう、ここは当時の通学路で今を生きる子供たちも同じように通学路として使われている。等々、そんなことを思い出させてくれる曲です。

自分の大切な思い出があると思いますが、自分だけじゃなく、人間誰にだって思い出はあって、当時小学生で通学路を何の気になしに歩いていたあの頃の僕も、今そこで通学路を歩く小学生も、平等に同じように何も違いはなくて、 自分という人間だけの視点から見たとき時代が流れて廃れてゆくものだと感じますが、時は常に巡ってゆき新陳代謝のようなものなのでしょう。
そういうことを考えると自分だけで生きて個を主張して死んでいくよりも、家族を作って子孫を残して新しい時代を作っていく生命の種の輪廻みたいなものに僕の遺伝子も乗っかっていきたいなと2、3年くらい前から強烈に思うようになりましたね。


景色

この曲は応援ソング的な、自問自答的な曲です
大学生当時の僕には刺さってくる曲でしたね。
何をするにしても自分次第で、愛されることも怖がられることも同様です。
その頃の僕は人は何かになれるんだと思っていたのですが、結局自分は自分でしかなくて、どれだけ意識をしようが取り繕おうが中身は自分でしかないということに気付いてしまいました。
ただ、本当に何かを始めるきっかけだったり、自分の新たなスタートを切るときってのはこの曲のような気持ちが何よりも大事だと思うし、そこから色々と新たな問題に直面してくることもあるだろうけども、スタートアップってのは大事ですよね。
曲調も明るい感じで晴れた日にスカッとしたい気分のときに聴きたい1曲です。

おうちを忘れたカナリア

これは旋律がすごく好きです。
言葉だけでは表現しきれないので是非聴いてほしいですね。
タイトルの意味としては、家に居着かずに外で遊んでばかりいる熊木さんを母親がこう表現したことがきっかけだそうです。僕は家大好きマンなので真逆ですね。
ただ、楽しい時間ってのは永遠に続いてほしいと思うもので、小学生の頃とかは夕方のチャイムが鳴ったら帰ってくるように言われましたが、キリが悪い!とかまだ遊びたい!からのちょっと延長するつもりが時間を忘れてめちゃくちゃ時間が経っていたなんてことはよくありました。笑
たまに本当にチャイムの音が聞こえなくて帰るのが遅くなって怒られたこともありますが、親からしたら何か事件や事故に巻き込まれたんじゃないかと心配になるもの当然ですよね。

新春白書

熊木さん曰く正月ソングだそうです。
夏や春などと季節の曲って色々ありますが、正月って珍しいですよね。
ただ、季節の曲って、実際にその季節に聴くとすごく気持ちが高揚するというか、なんかその曲に書いてあるようなことやものを見つけたりすると嬉しくなったりします。

新年を迎えるときに中学か高校くらいから毎回思うことが僕にはあって、人間って暦に倣って生きているじゃないですか。そして季節も実際に巡っているわけではあるんですけど、時間までは同じところをぐるぐる廻っているわけではないんですよね。時間というのは常に1本の線がただずーっと伸びていて、去年の1月1日と今年の1月1日はまるっきり別物なんです。それを証拠に去年生まれていなかった子供が今年は生まれている。来年にはその子供は1歳、また来年はその子供は2歳と、同じ時間ってのは存在しないんです。
この新春白書の曲の歌詞にも

31より先へ進まないのが数字
次に1日があるのは、人間

とあります。
人類が誕生する前の地球を想像してみると、時間って、ただずっと過去から未来へ流れていてやっと人類が誕生し今はもう西暦2019年まで到達してきたっていう長い長い道のりです。
そもそも、その「過去」「未来」というマインドも人間が認識してる「思い出」と「これから先」のことなわけなんですけれども、「今」というものしか実際は存在していないんですよね。
これからまた新しい1年が始まると、ほとんどの人が正月に思うわけですが、12月31日も1月1日も同じ「今」が連続する 時間の延長上にあって、人間以外の生物、例えば犬や猫からしてみればただの「今」という状態なんです。
10月10日から10月11日に日付が変わるのと同じなんです。
そう思ったときに、天を読んで星や季節の周期からカレンダーを作った人間って凄まじい生物だなと驚愕してしまいます。
と同時に正月を迎えるたびに僕は野性的な考えで、ただの「今」という時間でしかないのにとか思う反面で人の作りし文明や思想ってのは、本当に人間の知能でしか分からないものなんだなと生命と知性の神秘に毎年感動しています。

夢のある喫茶店

将来の夢、これからの展望 の夢をテーマにした曲です。
いくつになっても夢ってのはなくならないもので、僕にも未だに夢はありますし、でもそれってお金で解決できることと、できないことがあって、叶えるためには一概にどうこう言えないです。ただ、その夢に向かって何かアクションを起こさない限りは絶対に叶えられないし縁遠いものになってしまうと思うので、どうしたら近づけるのか、叶うのか、合理的な想像をしながら生きていく必要がありますね。
曲の最後に「高値な夢を見る」というワードがあって、夢ならでっかく大きくとよく言いますが、本当に夢を抱いて、こうなりたい、こうしたいって人は、その夢が大きいとか高いだとかは実際には思っていないと思います。他人から見たらそう感じるのでしょうけども。
世間一般的に言う「夢」ってやはりどこか現実と隣り合わせというか、そんなファンタジーのような有り得もしないものではないと僕は思っていて、やりようは絶対にあると思うし自身の進むべき道をしっかり見定めて、その時その時で別の方向に行ってしまわなければどうにかできるのではないのかなと思ったりもします。もちろん非現実的な可能性ゼロみたいな夢は別ですけど。
それと生きていれば「何かしたい」ことって変わってきたりすると思うんですが、それもまた、そこに至るまでの道で発見した新たな価値観だったり自身の感情だと思うので、夢を叶えたから終わりってわけではないですよね。


あとがき

日本語歌詞の音楽って、その曲を聴いて自分の思っていたことだったり、普段から感じていた気持ちだったりが、はっきりと明確に「このことだったんだ」って思わされるときがあって凄く好きです。
熊木杏里さんのこの『無から出た錆』も、まだ若く多感で我武者羅に何かに打ち込んで色々と迷っていた時期に作っていた曲たちだと思うので、そういう若いパワーというか気持ちというか、ものすごくエネルギーを貰えるアルバムですので是非聴いて頂きたいです。

アルバム『無から出た錆』
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